清家清の住宅建築Ⅱ

前回に引き続き、「清家清の住宅建築」を紹介します。

1967年に、東京都中野区に「林教授の家」が完成した。

林教授の家.jpg

「林教授の家」は、今までにない急こう配の屋根に、鉄骨造フレームの表し、そしてレンガブロックの外装は、今までにないデザインの建物である。

1967年に、兵庫県神戸市に「九重坂の家」が完成した。

九重坂の家.jpg

「九重坂の家」は、高台の上にある建物で、小原流家元「小原豊雲」の私邸である。鉄骨の格子フレームとプロフィリットガラスと透明ガラスの組合せの外観のデザインである。下の建物は、1970年に建てられた「豊雲記念館」である。2011年に閉館した。

1970年に、東京都大田区に「続・私の家」完成した。

続私の家.JPG

1954年に建てた「私の家」と同じ敷地で、元の両親の家のあった場所に建てられた。この建物は、鉄骨フレームに全面ガラスサッシと竪羽目板張りの外観である。

1970年に、東京都渋谷区に「代々木の家」が完成した。

代々木の家.jpg

「代々木の家」は、鉄筋コンクリート造の外壁塗装とレンガタイル張りの外観のデザインの建物である。

1970年に、1964年に東京都大田区に建てられた「久が原の家」の脇に「続・久が原の家」が完成した。

久が原の家.jpg

「続・久が原の家」は、鉄筋コンクリート打ち放しに鉄骨フレームとサッシと竪羽目板張りの部分が突き出している。道路からセットバックし、ツツジの植栽によって突き出し部分がじゃまにならないようになっている。現在は、建築家の宮崎夫妻のアトリエとして使用されている。

1974年に、神奈川県横浜に「保土ヶ谷の家」が完成した。

保土ヶ谷の家.jpg

「保土ヶ谷の家」は、オーナーの死亡によって解体・売却される危機にあったが、現オーナーや関係者の尽力によって再生・保存を目指す事になったが、大幅な改装が必要であるが改装費の捻出できず、建物の公開を行って多くの意見を募っている状態が続いている。その後の状況確認が取れていません。

今回は、「Wikipedia」他を参考に紹介しました。

☆参考

○私の家白書     ○やさしさの住居学  ○清家清      
                        (日本現代建築シリーズ)


      






posted by Bokusai at 15:40Comment(0)住宅