隈研吾の住宅建築Ⅰ

彼は、1954年神奈川県横浜市に生まれ。
1973年に東京大学工学部建築学科に入学し、1977年に卒業、東京大学大学院建築意匠専攻修士課程を修了した。
卒業後、日本設計、戸田建設、コロンビア大学建築・都市計画学科客員研究員を経て、1990年に「隈研吾建築都市設計事務所」を設立した。
彼の数多い作品の中から「住宅建築」について紹介します。
最初に、1988年に静岡県熱海市に別荘「伊豆の風呂小屋」(下の写真)を完成させた。

伊豆の風呂小屋.jpg

彼は、「別荘は普通はメルヘンになりますが、そういうものではない別荘をつくりたいと考えて、ここではトタン板のバラックの別荘をつくりました。二階の先端のとんがった部分に風呂場があり、そこから太平洋や大島が見渡せます。」とコメントしている。(東西アスファルト事業協同組合講演会より)
2002年には、東京都目黒区に「プラスチックハウス」(下の写真)を完成させた。

プラスチックハウス.jpg

彼は、「障子のようなトランスルーセント(半透過性)な素材を用いて外壁をつくり、日本の伝統的空間がもつ、やわらかな光の質を、現代の都市の中で再生しようとし、階段やバルコニーの床にはFRPでできた既製品のグレーチングを用い、手摺にもFRP製の角パイプ、丸パイプを用いて、プラスチックの既製品でも、人間の体になじみ、温かな空間をつくり出すことに」挑戦した。
2003年には、長野県軽井沢町に別荘「森/床」(下の写真)を完成させた。

森/床.jpg

この建物は、森の中に一枚の床を浮遊させ、地上2.5mのレベルで森と一体化した生活を作り出そうと考えて造られた。
屋根は、中心の2本の柱によってアンブレラ方式の構造によって支持され、外周部分の柱をなくしている。
2005年には、神奈川県に別荘「ロータスハウス」(下の写真)を完成させた。

ロータスハウス.jpg

この建物は、「深い山の中の静かな川岸に、自然と建築とが溶け合った状態をつくろうと考え、川と住宅との間には水をはり、蓮を植え、住まいが蓮池を媒介にして川へ、そして対岸の森へと連続していく状態を作ろうと考えた。」との元に作られた。
建物は2棟に分割され、その間に生じた穴の形状をした大きなテラスが、裏側の森と対岸の森とをつなぐ役割をはたし、壁面もまた無数の穴としてデザインされている。石という重量感のある素材を用いながら、風の吹き抜けるような軽やかな壁面を作っている。
2005年に、東日本の片隅に別荘「YHütte(ヒュッテ)」(下の写真)が完成した。

Yヒュッテ.jpg

この建物は、垂直面を避け、傾いた面(壁というよりは屋根に近い)を三方向からお互いに寄りかかるように立てかけて、その内部に空間を生成し、平面プランも三角形である。

今回は、「隈研吾建築設計事務所HP」、「Wikipedia」他を参考に紹介しました。

2005年以降の住宅作品は、次回で紹介します。

今回は、ここまで!!

☆参考




posted by Bokusai at 09:36Comment(0)住宅