ポール・ルドルフの住宅建築Ⅰ

ポール・ルドルフは、1918年にアメリカ、ケンタッキー州の小さな街エルクトンに生まれた。1935年に、「アラバマ工科大学(現在オウバン大学)建築学科」に入学し、1940年に卒業した。
1年間「ヴァン・キューレン事務所」で働き、1941年には、「ハーバード大学大学院建築学科」に入学した。
1943年に、第二次世界大戦のためにM.I.Tに送られ、その後ニューヨーク、ブルックリンの海軍工廠に配属された。終戦後の1945年に「ラルフ・トウィッチェル」のパートナー建築家として事務所を開設した。
1946年に、戦争で中断していた「ハーバード大学大学院」に戻った。
1947年に、学位を取得し、トラベル奨学金で1948年から1949年にかけてヨーロッパを旅行した。

1948年に、フロリダ州、シェスタキーに、「ロベルタ・ヒーリー・ファニーハウス」(下の写真)が完成した。

リヴェラ邸2.jpg

この家は、「リビアクオリティハウス」とも呼ばれ、クライアントは1966年に亡くなるまでここに住んでいた。

1948年に、フロリダ州、ケーシーキーに、「ミラー邸及びゲストハウス」(下の写真)が完成した。

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1971年まで、クライアントはここに住んでいました。
1949年に、「アメリカ建築家協会」より「年間最優秀住宅賞」を受賞した。

1951年に、フロリダ州、サラソータに「バーネット邸」(下の写真)が完成した。

バーネット邸.jpg

この住宅は、1965年頃に売却されている。下の写真は、「バーネット邸」のリビング空間です。

バーネット邸2.jpg

最近、この建物は、売買されているようです。

1951年に、フロリダ州、セントピーターズバーグに「C・リチャード・レバングッド邸」(下の写真)が完成した。

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今まで平屋の建物が多い中において2階建てであるが、すでにこの建物は、取り壊されていて現在はない。

1952年に、フロリダ州、シェスタキーに初期の代表作品「ハリー・ゲストハウス」(下の写真)が完成した。

コクーンハウス.jpg

22フィート・スパンのカテナリィ・カーブの屋根の構造から「コクーン・ハウス」(上の写真)と呼ばれている。

1951年に「ラルフ・トウィッチェル」のパートナーシップを解散し、1952年に「ルドルフ事務所」を開設した。

1953年に出世作のひとつの「ウォーカー・ゲストハウス」(下の写真)が完成した。

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正方形の平面プランで、各面の3間のガラス面の2面はパネルで保護され、開閉が出来る構造になっている。

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上記写真は、パネルを上部に開き、ガラス張りに囲まれた室内空間である。

1952年に、フロリダ州、シェスタキーに「ディビット・コーエン邸」(下の写真)が完成した。

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この建物は、ほとんどがプレファブで建てられている。下の写真は、リビング空間で、大スパンの梁で広々とした空間を演出している。

コーエン邸2.jpg

2006年に修復されてことで、AIAFL賞を受賞しているが、2009年に転売されている。

1954年に、フロリダ州、サラソタ、リドショアーズに「ヘスハウス」(下の写真)が完成した。

ヒスハウス2.jpg

日除けのような屋根ルーバーは、1966年のハリケーン・アルマによって破壊された。「アンブレラハウス」とも呼ばれていたが、現在はその面影はない。
彼の住宅建築は、あまりに多く今回その一部しか紹介できませんでしたので、「ポール・ルドルフの住宅建築Ⅱ」で、紹介します。

今回は、「A+U75:1特集ポール・ルドルフ」、「現代建築家シリーズポール・ルドルフ」、「NCMHポール・ルドルフ」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考






posted by Bokusai at 10:17Comment(0)住宅