ミース・ファン・デル・ローエの住宅建築

ルーヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエは、1886年にドイツ、アーヘンに生まれた。「ル・コルヴュジエ」、「フランク・ロイド・ライト」と彼の三人は、近代建築界の三大巨匠と言われている。彼は、大学で正式な建築教育を受けることなく、地元の職業訓練学校で製図工の教育を受けた。その後、1906年にブルーノ・パウルの事務所に勤務した。その時の同僚の紹介で設計した「リール邸」(下の写真)が完成した。

リール邸.jpg

1907年に、ドイツ、ポツダム、バーベスブルク完成したこの住宅は、彼の最初の作品でもあり、哲学者アロエス・リエルのために設計した。この仕事が認められて、1908年から「ペーター・ベーレンス」の事務所でドラフトマンとして務め、建築を学んだ。
1911年に、ドイツ、ベルリン、ツェードルフに「パールズ邸」(下の写真)が完成した。

ペルルス邸.jpg

この住宅は、ベルリンの弁護士とアートコレクター「ヒューゴ・パールズ」のために建てられた。
1912年には、独立して事務所を開設した。
1927年には、ドイツ、ギュービンに「ヴォルフ邸」が完成した。

ウルフ邸.jpg

この住宅は、布地メーカーの「エリッチ・ヴォルフ」夫妻のために建てた。彼が、現代レンガ造りで建てた最初の建物である。しかし、第二次大戦後の1945年にソ連の赤軍の進展に伴って、彼らはここを逃れ、その後建物は焼失してしまった。この住まいの敷地は、ドイツ領に属していたことでドイツに建てたことになっているが、この土地は、現在ポーランド領になっている。
1930年には、ドイツ、クレーフェルトに「ランゲ&エステル邸」(下の写真)が完成した。

ランゲ邸.jpg

この住まいは、工業繊維メーカーの「ヘルマン・ランゲ」と「ジョセフ・エステル」のため建てられ、2棟が連なって建っている。
1930年に、チェコスロバキア(現在のチェコ)、ブルノに「トゥゲントハット邸」(下の写真)が完成した。

トゥゲントハット邸.jpg

実業家の「フリッツ・トゥゲントハット」夫妻から依頼された設計して建てられた。彼は、この設計を通じて「自由な平面」の概念を発展させている。
2001年に、チェコの世界遺産に登録された。
1951年には、アメリカ、イリノイ州シカゴに彼の代表作品のひとつである「ファンズワース邸」(下の写真)が完成した。

ファンズワース邸.jpg

クライアントは、女医の「エディット・ファンズワース」の依頼によって設計されたが、建設費が当初予算より大幅にオーバーしたために、クライアントと訴訟になった。最終的には彼の勝利に終わったが、両者の関係は泥沼化した。
2003年に、この建物はオークションに出され、イリノイ州の地元の「ナショナルトラスト」社が修得した。

今回は、「Wikipedia」、「CASA BRUTUS EKTRA THEBIG3」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考

CasaBRUTUS特別編集 新装版・20世紀の三大巨匠 (マガジンハウスムック)




posted by Bokusai at 10:40Comment(0)住宅