ル・コルビュジエの住宅建築

彼は、1887年にスイスに生まれ、フランスで活躍した建築家である。そして、「フランク・ロイド・ライト」、「ミース・ファン・デル・ローエ」と共に「近代建築の三代巨匠」と言われている。
彼は、家業を継ぐために時計職人を養成する地元の装飾美術学校で彫刻と彫金を学んだが、美術学校在学中の1907年に、彼の才能を見いだした校長の勧めで、建築家の「ルネ・シャパラ」と共に最初の住宅「ファレ邸」(下の写真)の設計を手掛けた。

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彼の生まれた、スイス、ラ・ショードフォンにこの家は建てられた。
1908年に、パリに行き「オーギュスト・ペレ」の事務所に、1910年からは、「ペーター・ベーレンス」の事務所に籍を置いて、短期間ではあったが実地で建築を学んだ。
1911年から半年をかけてベルリンから東欧、トルコ、ギリシャ、イタリアを巡る東方の旅に出た。
1912年に、スイス、ラ・ショードフォンに「ジャンヌレ=ペレ邸」(下の写真)が建てられた。

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この家は、彼の両親のために建てられ、彼も1917年まで住み、仕事もした。独立して、最初に手掛けた作品であり「白い家」とも言われた。
1917年には、スイス、ラ・ショードフォンに「シュウォブ邸」(下の写真)を設計した。

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この建物は、彼が「ル・コルビュジエ」のペンネームを使用してから始めての作品である。
1922年に、ペレの下で働いていた従兄弟の「ピエール・ジャンヌレ」と共に事務所を構えた。
1924年に、スイス、コルソーヴェヴィに「レマン湖の小さな家」(下の写真)が完成した。

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彼の故郷のスイス、ラ・ショードフォンより温暖なレマン湖畔のヴヴェイ郊外コルソーに、彼の年老いた両親のために建てた家である。
1925年に、フランス、パリに「ル・ロシュ=ジャンヌレ邸」(下の写真)が完成した。

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この建物は、二棟からなっていて、奥の建物が友人のスイス人コレクター「ラウル・アルベール・ラ・ロッシュ」の自宅兼ギャラリーで、手前の建物が彼の兄「アルベール・ジャンヌレ」一家の邸宅である。
1928年には、フランス、ブローニュに「クック邸」(下の写真)が完成した。

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彼の「近代建築の五原則」を最初の建築である。「ピロティ」、「屋上テラス」、「自由な平面」、「横長の窓」、「自由なファサード」である。
1927年に、ドイツ、シュツットガルトに「ヴァンセンホーフ・ジードルング住宅」(下の写真)が完成した。

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この建物は、ドイツ工作連盟博覧会の住宅展のために建てられたモデル住宅群、ヴァイセンホーフ団地に、ミース・ファン・デル・ローエの芸術監督のもとに建てられた。彼の他には、ブルーノ・タウト、ヴァルター・グロピウスなどヨーロッパを代表する建築家の作品がある。
1927年には、ベルギー、アントウエルペンに「ギエット邸」(下の写真)が完成した。

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この建物は、彼が海外で始めて受注した建物で、画家「ルネ・ギエット」の依頼で建てられた邸宅である。せまい敷地の中に建築された3階建ての箱型住宅は、彼の「シトロアン住宅」の構想に比較的忠実に建てられている。
1931年に、フランス、ポワッシーに「サヴォア邸」(下の写真)が完成した。

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この建物は、行政官の「サヴォア」夫妻が週末を過ごすための別邸として建てられた。彼の「近代建築の五原則」が集約された傑作として、高く評価されている作品であるが、この屋根や庇を持たない直方体のデザインは、雨に弱いという欠点を持ち、「サヴォア」夫妻が使い始めて間もなく、雨漏りに悩まされるようになった。

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2階のテラスに接したリビングの配置と横に長い窓が水平に連続して配置されている。リビングの屋根部分に屋上庭園が見えている。(上の写真)
この建物は、第二次世界大戦中には、ナチスの干し草置き場に使われていたりしていたが、終戦後雨漏り等の問題から取り壊しの議論がなされていた。しかし、当時閣僚を務めていた「アンドレ・マルロー」が、この建物の保存を強く主張したことがあって、取り壊しが回避されて、その後段階的な修復を経て現在に至っている。
1949年位は、アルゼンチン、ラプラタに「クルチェット邸」(下の写真)が完成した。

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この建物は、外科医である「ペドロ・ドミンゴ・クルチェット」の住居と診療所を兼ねている。アルゼンチンの暑い気候に対応させるため、ブリーズ・ソレイユ(日除け格子)に工夫を凝らし、陰が出来る中庭の周囲に建物をU字型に配置する地元特有のスタイルを取り入れて、4階建ての建物である。
1952年には、フランス、カプ・マルタンに「カプ・マルタンの休憩小屋」(下の写真)が完成した。
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この建物は、地中海に臨むロクブリュヌ・カップ・マルタンに建てられた「休暇小屋」で、妻「イヴォンヌ」のために建てられた。「イヴォンヌ」は、カップ・マルタンから5km 程の場所に位置するマントンの出身である。彼女は、1957年に亡くなったが、彼は、その後もこの「休暇小屋」にしばしば立ち寄っていた。しかし、1965年8月にこの付近での海水浴中に心臓発作を起こして亡くなっている。
1955年に、フランス、ヌイィに「ジャウル邸」(下の写真)が完成した。

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この建物は、「ジャウル」一家とその父のための2世帯住宅である。この建物の特徴は、レンガ積みの重厚な壁の外観になっていて、彼の代表作の開放的な印象の「空中の箱」の「サヴォア邸」とは、対極に位置していることである。

今回は、「Wikipedia」、「ル・コルビュジエ財団」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考






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posted by Bokusai at 09:17Comment(0)住宅

長谷川逸子の住宅建築

1941年に静岡県焼津市に生まれ、1964年に関東学院大学工学部建築科を卒業し、「菊竹清訓建築設計事務所」に勤務した。1969年から東京工業大学研究生を経て、1971年より東京工業大学篠原研究室に勤務した。
1979年に「長谷川逸子・建築計画工房」を設立した。
1972年に、静岡県焼津市に「焼津の住宅1」を完成させた。


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この住宅は、彼女の最初の設計した作品である。彼女は、「小さな平面にいかにして物理的に『長い距離』を生み出し、生活の場を成立させるかということ」がテーマであったので、この住宅においては、真ん中に壁を入れて「長い距離」を生み出している。
1975年には、神奈川県に「鴨居の住宅」が完成した。

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長方形の敷地の中央に奥に上った台形の中庭を設け、その両サイドに建物が建っている。
1975年に、東京都に「緑が丘の住宅」(下の写真)が完成した。

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コンクリートの打ち放し仕上げの住宅は、彼女にとって初めてであるが、これは施主の要望であったようである。
1977年には、静岡県に「焼津の住宅2」(下の写真)が完成した。

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この住宅は、架構の問題と同時に、架構から自立する開口部の取り扱いによって表層の問題を発見しています。どちらかと言えば室内空間だった「ガランドウ」を外部からとらえるというもので、未知の物をどんどん取り込むような「生活装置」を作り上げたいというところにある。
1980年に、愛媛県松山に「桑原の住宅」(下の写真)が完成した。

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この住宅は、クライアントが金属系建材を扱う会社のオーナーであったので、透過性のあるアルミパンチングメタルを表層=皮膚を多重化して(重ね着)、自律的な表層=「幔幕」に包まれた「ガランドウ」を生み出した。「幔幕」で発生した空間を「原っぱ」と表現した。
1985年に、栃木県に「小山の住宅」(下の写真)が完成した。

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この建物は、クライアントが大屋根のもっている家を希望したことにより設計されたものであるが、膜を張ることの延長線上にあり、ここではアルミパンチングメタルを日除けの布を石で止めているイメージちしてデザインされている。
1987年には、東京都世田谷区に「東玉川の住宅」(下の写真)が完成した。

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この住宅は、道路境界一杯に建てられ、上部にアルミパンチングメタルを使用することで閉鎖性を緩和させるようにしている。建物の中央には、円形の中庭空間がある。
2001年には、香川県に「小豆島の住宅」(下の写真)が完成した。

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東側に海を望み,周囲は緑に囲まれた小豆島の高台にある平屋の住宅である。海へ対面する南北軸のヴォリュームとそれに直交する東西軸のヴォリュームが組み合わされたT字形プランになっている。東面には1mのテラスを設け,外側を白いネットのスクリーンで覆っている.
2014年には、兵庫県芦屋市に「芦屋の住宅」(下の写真)が完成した。

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この住宅のクライアントは、子どもも含めて来客が多いので大広間がほしいという要望があって、中央部分に大広間をつくりその周りに個室・水回りのコア部分を配した設計になっている。(下の写真)

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今回は、「長谷川逸子・建築計画工房HP」、「Wikipedia」、「INAXレポート」、「東西アスファルト事業協同組合」、「TOTO通信」他参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考






posted by Bokusai at 17:25Comment(0)住宅