伊東豊雄の住宅建築

今回は、彼の住宅建築だけを取り上げて紹介いたします。
彼は、1941年に、現在の韓国ソウル特別市に生まれた。
1943年から、長野県諏訪郡下諏訪町で過ごした。
1965年に、東京大学工学部建築学科を卒業し、「菊竹清訓設計事務所」に1969年まで勤務した。
1971年に、独立して「アーバンロボット」を設立した。
1971年に、神奈川県藤沢市に「アルミの家」(下の写真)を完成させた。

アルミの家.jpg


彼の処女作でもある建物で、木造建築にアルミパネルの外装仕上げをしています。
1976年に、東京都中野区に「White U(中野本町の家)」(下の写真)が完成した。

WhiteU.jpg

この住宅は、彼の姉の家族が住んでいたが、子供らも大きくなり自立したことで1997年に取り壊された。
1979年に、神奈川県大和市に「中央林間の家」(下の写真)が完成した。

中央林間の家.jpg

この住宅も、現在は別の住宅に建て替えられている。
1983年に、東京都大田区に「田園調布の家」(下の写真)が完成した。

田園調布の家2.jpg

玄関を地上より上げることで、1階は半地下のような雰囲気の空間構成になる。ファサードは、三角屋根がツィンになっているが、アンシンメトリーなので単純さを感じさせなないデザインになっている。
1986年には、千葉県船橋に「馬込沢の家」(下の写真)が完成した。

馬込沢の家.jpg

この家は、70%の出来で引き渡されて、後は住む人が仕上げてい行けば良いという「未完の家」である。「未完の家」と言えば、2016年にプリッカー賞を受賞した「アレハンドロ・アラヴェナ」の「ヴィラ・ヴェルデの集合住宅」がある。
1996年に、熊本県小国町に「小国S邸」(下の写真)が完成した。

小国S邸.jpg

熊本の山深い町にアトリエ目的で建てたようで、鉄骨造に折板半屋根に波板仕上げの建物で現代的な感じのするファサードである。
1999年に、東京都目黒区に「祐天寺T邸」(下の写真)が完成した。

祐天寺T邸.jpg

閉ざされた空間の建物ようであるが、すりガラスを使用しているために室内は柔らかい日差しで明るい空間を醸し出している。
2000年に、東京都世田谷区に「桜上水K邸」(下の写真)が完成した。

桜上水K邸.jpg

最初の住宅に「アルミの家」の名の住宅があったが、この建物は、アルミニウム造で建てられているために「アルミの家」に相応しい建物かもしれない。この建物は、十字の形材と座屈を防ぐカバー材による「アンボンド」柱とH型押出形材の梁に、アルミ押出プレートの壁パネルとアルミリブプレートの屋根及び2階床で全てアルミニウムで構成されている。

今回は、「伊東豊雄建築設計事務所HP」、「Wikipedia」他参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考






posted by Bokusai at 04:49Comment(0)住宅