藤森照信の自邸と建築

彼は、日本の建築史家であり、建築家でもある。
彼は、1946年に長野県諏訪郡宮川村、現在の茅野市に生まれた。
1965年長野県諏訪清陵高校を卒業、東北大学工学部建築学科に入学。
1971年に、東北大学工学部建築学科を卒業し、東京大学大学院に進む。
1974年に、建築探偵団を結成し、全国の近代洋風建築の調査を行った。
1985年に、東京大学生産技術研究所助教授に就任し、建築史家として活躍をする。
1991年に、長野県茅野市に「神長官守矢資料館」(下の写真)を完成させる。

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この建物は、江戸時代まで諏訪大社上社の神長官を務めた守矢家に伝わる関係書類を保管・展示している博物館である。奥の高い部分の屋根はスレート葺きであるが、低い部分の屋根には下地にデッキプレート敷き、鉄平石で葺いている。壁は、高い方が左官荒壁仕上げで、低い方は外壁は、手割板カーテンウォールで仕上げている。彼のこだわりは、自然素材を荒荒しく使うことである。
1995年には、東京都国分寺市に自邸「タンポポハウス」(下の写真)を完成させた。

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屋根も壁も鉄平石で仕上げ、その間にタンポポのボックスを差し込んで植栽している。玄関周りの外壁は荒塗り壁で、柱が屋根を突き抜けている。玄関を入って、すぐの居間が茶室と客間を兼ねている。(下の図)

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この居間の壁が、乱尺板張り漆喰目地詰め仕上げになっている。床・壁・天井ともナラの板で仕上げていて、ナラの板はあばれて隙間が出来るために漆喰を隙間に詰めて仕上げている。床には、籐ゴザを敷いている。(下の写真)

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彼は、当初、ナラの木をくりぬいて作った洞窟をイメージをしていたようである。基本的に、彼は、自然素材をいかにして生かして使用するかを考えて設計しているようである。
1997年は、東京都町田市に「ニラハウス」(下の写真)を完成した。

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折半屋根の上に米松のスノコ張りに、ニラのポットを取り付けた屋根が特徴的であり、外壁にも米松の板を使用している。この家の持ち主は、前衛美術家の赤瀬川原平の自邸である。彼は、建築探偵団のメンバーでもある。
1997年に静岡県浜松市に「浜松市秋野不矩美術館」(下の写真)が完成した。

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今までの建物の自然素地の集大成の作品で、屋根は、鉄平石葺き、壁は杉板下見張りであり、中央の陸屋根部分の外壁は、藁入り着色モルタルで仕上げています。この建物は、日本画家の秋野不矩の作品を展示している美術館である。
1998年には、福岡県福岡市に「一本松ハウス」(下の写真)が完成した。

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屋根のてっぺんに松の木が一本植えてあり、その廻りの屋根にはリュウノヒゲが植えられ、その下屋根は銅板葺きで仕上げている。外壁は米松板張り仕上げである。
2000年には、東京都大島町に「ツバキ城}(下の写真)が完成した。

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この建物は、酒造会社の事務室で、屋根のてっぺんにツバキの木が一本植えられ、廻りの屋根を芝で覆った草屋根である。外壁は、鉄平石と芝による草ナマコ壁である。
2000年には、神奈川県足柄下郡に「不凍庵工房」(下の写真)が完成した。

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この建物は、元総理大臣の細川護煕の陶芸工房である。そして、2003年には、同じ敷地に茶室「一夜庵」(下の写真)を完成させた。

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2004年に長野県茅野市に茶室「高過庵」(下の写真)が完成した。

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アメリカの雑誌「Time誌」に世界で「もっとも危険な茶室」として紹介された建物である。「ピサの斜塔」に次ぐ二番目に危険な建物である。屋根は手捻り銅板葺きに、壁は、米松板張り仕上げである。実家の畑に設置した自分の茶室である。
2005年には、大分県竹田市に「ラムネ温泉館」(下の写真)が完成した。

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ここでも、屋根の上に松の木が植えてあり、その廻りの屋根を手捻りの銅板で葺き、外壁は焼き杉とその間に漆喰の黒と白のコントラストになっている。
2006年に静岡県掛川市に「ねむの木こども美術館どんぐり」(下の写真)が完成した。

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どんぐりのカサを思わせるような屋根は手もみ銅板葺きで、外壁はワラを塗り込んだ漆喰仕上げである。
2008年には、栃木県宇都宮市に「コールハウス」(下の写真)が完成した。

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この建物は、東京ガスが「住むことを考える次世代プロジェクト」として4人の建築家に依頼されて彼が設計したものである。これは、伊東豊雄がプロデューサーとなり、藤森照信、西沢大良、藤本壮介の4人の建築家がそれぞれのハウスを完成させている。この建物の外壁は、焼き杉板乱張り仕上げである。この建物の先端に跳ねだした部屋の外部に梯子があるところが茶室になっている。躙り口が床面になっている。
2010年に長野県茅野市に「空飛ぶ泥船」(下の写真)が完成しました。

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この茶室は、2011年に茅野市美術館で「藤森照信展」で設計・制作・展示した後に、実家の畑に移築されたものである。脇に備え付けられた梯子を使って上って中に入る。奥の方に見える建物が、彼の茶室「高過庵」である。
2015年位滋賀県近江八幡市に「草屋根」(下の写真)が完成した。

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これは和菓子の「たねや」の「ラ・コリーナ近江八幡」の中にあるメインショップである。その他に、たねやの本社の建物がやはり、彼の設計で完成している。(下の写真)

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これらの建物は、彼の自然素材の集大成のような建物で、自然素材の使用方法が、日々進化しながら来ている。

今回は、「藤森流自然素材の使い方」、「Wikipedia」、「BRUTUSCASA」、「たなやのHP」、「箱根建築ノート」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考














posted by Bokusai at 03:32Comment(0)住宅