ロバート・ヴェンチューリの住宅建築

彼は、1925年にアメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィアに生まれ、「プリンストン大学」を卒業後、ローマに留学した。「エーロ・サーリネン」、「ルイス・I・カーン」に師事した後に、フィラデルフィアに建築設計事務所を構えた。1954年から1965年まで「ペンシルベニア大学」で教鞭を執った。
1963年に、ペンシルバニア州チェスナット・ヒルに、「母の家」(下の写真)を完成させた。

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正面のファサードを見ると大きな家のようであるが、内部を反映していいなく大きく造られている。彼の師匠でもある「ルイス・カーン」が、この家を見て感想ひとつ述べず無言で立ち去ったようである。「ルイス・カーン」の目指す建築ではなかった。

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裏に回ると、表のファサードより小さいのが分かる。こちらからの1階平面パースが下の図です。1階は、70近い母親のために、暖炉を中心にアンティーク家具を並べ、生活がすべて行えるように設計した。

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「世界で一番美しい名作住宅の解剖図鑑」より

「母の家」は、彼が最初に設計した建築で、結婚するまでこの家の2階に住んでいた。そして、この家は、建築全体に一貫した合理性を追求したモダニズム運動に疑問を投げかけた小さな家でもあった。彼は、モダニズム運動の旗手である「ミース・ファン・デル・ローエ」の「少ないことはより豊かである」に対して、「少ないことは退屈である」と批判した。

1965年、カルフォルニア州フィラデルフィアに「ギルド・ハウス」(下の写真)が完成した。

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「ビルド・ハウス」は、91戸の高齢者向け集合住宅である。建物外観の茶褐色のタイルと左右対称なのファサードで、ありきたりの建物のように見えますが、「反モダニズム」にあふれている。正面最上階にある大アーチと窪んだ入口の中心にある黒御影石の円柱、真っ白な玄関廻り、玄関の上バルコニー手摺に無造作に書かれたロゴ、微妙に不揃いな十字が切られた正方形の窓、5階の途中で水平に引かれた白いボーダー等、外観を構成する要素に脈絡なく唐突に置かれてるように、「少ないことは退屈だ」とさまざまな嗜好を凝らしている。
現在は、5つのアパートメントを改装して、聴覚障害者と視覚障害者の2つのユニットを設置している。新しい施設には、オフィス、ウェルネスルーム、娯楽施設などがある。

2008年に、ペンシルバニア州ウェインに「ペングブローク・ノース・コンドミニアム」(下の写真)が完成した。

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フィラデルフィアの歴史的メインラインに沿って設計された「ペンブローク・ノース」の高級マンションで、3つの建物が3階建てで、合計54ユニットある。赤レンガの外壁は、広い石の縞と大きな窓がアクセントになっているて、ヨーロッパのような雰囲気の建物である。「ペンブローク・ノース」は、フィラデルフィア地区のLEED認定に登録された最初のマルチファミリー住宅である。

今回は、「Wikipedia」、「VSBA」HP、「世界で一番美しい名作住宅の解剖図鑑」他を参考に紹介しました。

☆参考

○世界で一番美しい名作住宅の解剖図鑑(松下希和)


○住宅・インテリアの解剖図鑑(松下希和)


○建築の多様性と対立性(ロバート・ヴェンチューリ)


○ヴェンチューリ&ローチ



ジャン・プルーヴェの住宅建築

「ジャン・プルーヴェ」は、1901年にフランス・パリに生まれ、父、「ヴィクトール・プルーヴェ」はナンシー派の工芸家であり、親交があった「エミール・ガレ」は、ジャンの名付け親でもあった。
1916年に、金属工芸家「エミール・ロベール」のもとに弟子入りをし、その後、「アダルベール・サボー」の工房に移った。さらに、パリの鉄工所で働いたり、騎兵隊への従軍経験などを経た後、1923年に独立して、自らの工房・スタジオをナンシーに構えた。そこで、鉄製のランプやシャンデリア、階段の手摺などの製作・デザインを手掛けた。
1927年、「ロベール・マレ=ステヴァンス」から「レーファンベール邸」の入り口格子のデザイン・制作の依頼を受けたことを契機に、「ル・コルビュジエ」を中心とするサークルと関係を持つようになり、1930年に「ロベール・マレ=ステヴァンス」、「ル・コルビュジエ」、「シャルロット・ペリアン」らと共に、「現代芸術家連盟」の創立メンバーとなった。
1931年、義兄「アンドレ・スコット」と共同で、「アトリエ・ジャン・プルーヴェ」を開設した。
1938年に、フランスの建築家「ウジェーヌ・ボードゥアン」、「マルセル・ロッド」らとの共作で、初期の代表作である「クリシー人民の家」(下の写真)を完成させた。

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パリ北部のクリシー地区に建てられた文化施設で、外壁に金属パネルを使用しているのが特徴で、フランスで最初に作られたプレファブリケーションによるメタルカーテンウォールの建物として知られている。外側に縦方向に付けられたマリオンなど、その意匠は現在のメタルカーテンウォールと比較しても遜色がない。
当時の新聞には「最初の王冠の宝石」「機械の宝石」と書かれ、センセーショナルに、そして機械賛美の非常に前向きなプロジェクトとして捉えられていたようである。
1947年に、フランス、ナンシー郊外のマクセヴィルに新工場を開設し家具の製造やアルミ製のプレファブ小屋を製造した。
1950年から1952年にかけて、フランス・ムードンに「ムードンの工業化住宅」を完成させた。

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都市復興省からの依頼によって、ムードンのはずれにある起伏の多い森の変則的な地形の敷地に14棟のプレファブの実験住宅群が建てられた。戦後の住宅再供給の緊急の要請に応えるもので、木材と鉄、アルミの素材でできたパネルで構成され、傾斜面を修正する役割の組積造基壇部の上に設置されている。そこに、3タイプの住宅を実現させ、それらは現在でも使用されている。
1953年に、フランス、パリに「モザール広場のアパルトマン」(下の写真)が完成した。

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「リオネル・ミラボ」との協働による「モザール広場のアパルトマン」では、外壁のアルミパネルのファサードのデザイン設計が主であった。この外壁のアルミパネルは、可動式で出来ていて、雨戸と使用したり、庇として使用することができる。
1954年には、フランス、ナンシーに「自邸」(下の写真)を完成させた。

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マクセヴィルの工場の株主との衝突によって工場を離れたために、工場に散在していたパネルを買い取って、プレファブ住宅として「自邸兼アトリエ」を完成させた。
1956年に、フランス、パリに「アベ・ピエール邸」(下の写真)を完成させた。

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「アベ・ピエール神父」のためにセーヌ湖畔建てた住宅は、同じモジュールに大きな関心を示した「ル・コルビュジエ」をして「世界で最も美しい家」と絶賛せしめた。

今回は、「Wikipedia」他を参考に「ジャン・プルヴェ」の住宅建築を中心に紹介しました。

☆参考

○ジャン・プルーヴェ


○ジャン・プルーヴェ


○スタンダードチェア


○ゲリドンダイニングテーブル

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posted by Bokusai at 09:00Comment(0)住宅

青木茂のリファイン建築(住宅その3)

今回は、東京都多摩市一ノ宮にある診療所併用住宅「竹本邸」の再生計画を紹介します。
既存建物は、1969年に新築し、その後1975年に増築した建物である。今回のリファイニング計画は、増築を行い、耐震補強も行って、2世帯住宅へ用途変更する計画であった。既存建物の老朽化の進行状況から、オーナーの建て替え等も含めた検討結果が、リファイニング建築手法なら、既存不適格部分を維持することができ、さらにはコスト削減と環境負荷低減につながる上に、バリアフリー化も可能であることから、選択をした。既存建物(下の写真)は、約50年経っていても比較的良好な状態にあるが、法的変更によって既存不適格建物になっている。

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今回のリファイニング計画の内容は、1階ピロティを無くし居室にし、2、3階のバルコニーを新設して、内装外装を新規にすることであった。さらには、床の段差の解消や、エレベータ新設によってバリアフリー化を図ることでもあった。そして、新築以降に法改正された現行法令に適合させるための各種工事等を行うことであった。耐震補強計画では、既存建物2棟を一体化することが、今回の特徴でもある。その他には、柱の新設、既存梁の鉄骨補強、袖壁補強により耐震指標Is値を0.6以上を確保するようにした。リファイン後(外観写真)の外観は、ほとんど変わらない形状になっているのは、新築後の法改正で、変更範囲に制約があるためである。

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既存建物の検査済証が存在しないうえに、新築後の法改正(昭和50年の第二種高度地区指定による高度斜線制限、昭和52年の日影規制について)によって既存不適格建物になっていたために、外観は日影制限の一括基準に則し、変更範囲が限られているために、既存建物形状を活かしながらのデザインとなっている。しかし、今回のリファイニング計画通り建物が完成した後は、検査済証を取得している。
1階玄関アプローチは、ルーバー風のフェンスによって明確に建家に誘導されている。

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内部のあかりや玄関の照明によって、玄関入り口まで照らされている。
玄関を入ると、壁面収納の下部のあかりによって足元を照らし、天井の間接照明等を利用して、適度な明るさを保っている。

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変更できなかったのが、階段幅のようで、このように制約が多く、難しい問題を抱えながらのリファイニングした建物であると感じる。
2階のダイニング、キッチンにおいては、バルコニーを新設し、ルーバーによって目隠しすることで、開口部を大きくとることが出来、室内空間を明るくしている。


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3階のダイニング・キチンについても同様であるが、バルコニーを半分だけ新設して、さらにルーバーによって目隠しをすることで、前面の開口部を大きくとることができている。

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今回の建物は、2015年に竣工し、延床面積303.34㎡で、RC造で4階建である。
今回は、「青木茂建築工房」HPを参考に紹介しました。

☆参考


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posted by Bokusai at 04:59Comment(0)住宅